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ペルーのチチカカ湖の暮らしほか [世界]

 

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ペルーとボリビアの間にまたがる、チチカカ湖の名は聞いたことがありますよね。

チチカカ湖は、日本の富士山よりも高い場所にあります。昼と夜の寒暖の差が大きく特に夜は寒いようです。

山岳地帯にあるチチカカ湖は、朝晩の冷え込みが激しいのです。

そこで、昼間の太陽で温められた熱が残る湖の上で暮らすようになったというわけです。

陸地だと、暖まりやすい反面冷めやすく、湖の上だと暖まりにくく冷めにくいのです。

この地域に住む人々は、「トトラ」と呼ばれる植物を用いて、湖の上に浮島や住宅などをつくり住んでいます。

トトラは人間の背たけよりも大きく成長するものも多いといいます。

島民は少しずつ新しいトトラを重ねていくので、水がしみ込んで沈むことはないといわれますから、島民の知恵と工夫が役立っているのですね!

トトラが腐ってもそれを土にして肥料として役立て、最終的にはじゃがいもなどを栽培するといいますから捨てるところがないエコな生活です。

一方、ペルーの国土を南北につらぬく、アンデスの山岳地帯では、アルパカなどが飼育されています。

 

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山岳地帯特有の気温差があることから、アルパカなどの毛織物ポンチョが、寒さしのぎに欠かせない存在なのです。

布の真ん中から頭を出し入れするだけですから、着用便利で保温効果抜群だといいます。

ペルー(クスコ)の7月の最高気温と最低気温の差はなんと、20度もあるのでそれなりの身支度が必要というわけです。

 

 

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ミクロネシアの民族に関すること [世界]

 

 

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ミクロネシアといえば、マリアナ・グアム島などを原住地としてヤップ島、ペラウ諸島にも僅かですが移民が・・・・

チャモロ人が推定5万人とすれば、4万人はグアムに住んでいることになります。

チャモロの語源はといえば、スペイン語のchamorro(ぼうず頭の)からきたとする説、古チャモロ語のchamorri(酋長)に関係する説などがありますが、確定はできないです。。。

1668年に、初のチャモロ語の文法書を書いたとするスペイン人宣教師サンヴィトレスも、チャモロ語とはいわずにマリアナ語と呼んでいました。

特にグアム島のチャモロ人は、スペイン、アメリカとつづいた支配下で、その国の人たちとの混血を重ね、、、

20世紀のはじめに、既に純粋のチャモロ人は存在しなかったと報告されています。

一般には、「チャモロとカナカとスペイン系が混血した人種」 だという誤解が生じるのも、このような背景があるからだと推測されます。

一方、カナカとは、ポリネシアの言葉が源で、実はハワイ語のkanaka(人)に由来します。

kanakaはタヒチ語、サモア語、マオリ語などのように対応していますが、カナカという名は、その後西洋人によって、ハワイに限らず南洋・南海の原住民に対して無差別に用いられるようになったといいます。

チャモロ人が混血で欧化したため、ほかの種族とは区別されるようになりました。

カナカという非常にあいまいな言葉は、学問的にやめるべきだという意見が昔、日本でも一部の博士らにより提案されていたようです。

チャモロ語は、スペイン語から大量の借用語を持ちつつ、文法的にはフィリピン語の言語によく似ていています。

一部のインドネシア語派にはいります。パラオ語もインドネシア語派といっていいほどです。

ポーヌペイ州のヌクオロ語、カピンガマランギ語はポリネシア語です。

これ以外の言語を用いるメラネシア語派も存在しますから・・・ ミクロネシアにはあらゆる語派が存在しているのです。

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モザイクやステンドグラス [世界]

 

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まず、モザイクというものは、古代ローマで床を張る技法でした。

発達していく過程で、自然石などを漆喰(しっくい)やセメントで下地に接着させて図柄を完成させていたのです。

単純な繰り返しのような模様もありますが、「アレクサンダー・モザイクでは、石一つひとつの微妙な色合いを生かした陰影をつける方法で写実的な作品も生まれました。

古代ローマのキリスト教公認以降は、教会聖堂の内部は「地上における神の家」にふさわしい装飾が必要だったということです。

そのため、従来の技法を用いたモザイクで壁、天井などを仕上げたといいますが、壁の窓ガラス的存在はといいますと、、

ご存知のように、自然石⇒ステンドグラスに変更され導入されました。

ステンドグラスの光が反射したときの美しい輝きが天国を連想させるのでしょうか?

ガラスとガラスではさむ、いわゆるサンドイッチ状態の中に金箔も入れることが出来るようになったのです。

キリストの洗礼でも使われた、モザイク用の石、ガラス、陶器の四角い小片はテッセラと呼ばれます。

床に使用されるものとは異なり、壁画表面が平らでなくてもよいため、テッセラを配置する角度調整で、光の反射率をさらにアップ出来るようです。

 

キリストの洗礼 6世紀 円・モザイク 

ラヴェンナ(イタリア)

アリウス派洗礼堂

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キリストをヒゲのない若者としてあらわすのが、この時期の特色です。

 

水で下半身を包む様子がわかります。左側には多少マッチョ?ともいえる、たくましい老人の姿も観ることが出来ます。

話を戻しますと、とにかくモザイクは時を経ても色あせなしですから、ローマやラヴェンナに残る初期のキリスト教時代の教会、ビザンティン帝国の教会で盛んに取り入れられたようです。

ただ、残念なことに材料が高い&手間ひまかかる作業ということで、中世イタリアでは壁画にバトンタッチというわけです!

イタリア以外の西欧諸国ではもともと定着していませんでしたが、、、

ステンドグラスは、「着色ガラス」を意味しますが、色ガラスを鉛の枠でつなぎ窓にはめる技法です。

古くから知られる技法が脚光を浴びたのは、12世紀後半のフランスで、広大な窓のゴシック教が誕生し、磨きがかけられたといいます。

ステンドグラスの最盛期は13世紀ですが、その後もカトリック教会の窓には欠かせないものとなっています。

中には当初のステンドグラスが失われて通常のガラスになった教会もあります。

やはりステンドグラスの教会の窓のほうが神秘的ですよね。

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イスラームの断食や宗教的義務など [世界]

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イスラームでは、教徒が信じて実行する6つの信仰項目と5つの宗教的な義務があるそうです。

宗教的義務って気になりませんか?

①信仰の告白

礼拝 

③喜捨(進んで神社や僧侶、貧しい人たちに、金品を寄付すること)

断食

⑤巡礼

この5つです。断食も意味あるものです。

イスラームの断食とは?

イスラーム暦の9月、ラマダーン月の1ヶ月は、毎日飲食を立つのです。

まあ、毎日といってもですね、、日の出から日没のあいだはタバコや、一切の飲食をストップという事です。

日の出前や日没後には食事をすることができますね!

 

イスラーム暦ほか

イスラーム暦とは、預言者ムハンマド(マホメット)が、メッカからメデイナへヒュジラした年、西暦622年を紀元元年としている太陰暦です。

この第9月、ラマダーン月が断食の月とされたのは、624年のパドルの戦いで勝利に対しての感謝と、この月にはじめてマホメットが神から啓示をうけたことを記念するためだといわれています。

この断食の義務は、旅行者や病人などは断食をしなくてもよいとされる例外もあります。

近年では、都会を中心に断食をしない人たちも見られたといいますが、イランをはじめイスラームの復古的潮流の中では、いっそう5つの宗教的義務をかたくもまれ、という主張が出されています。

宗派、地域、民族によって決まりごとや作法に多少の違いはあるとしても、基本は同じと考えても良さそうです。

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額縁の存在 [世界]

 

聖母子と聖人たち

ドゥッチオ 1315年 卵テンペラ ロンドンナショナルギャラリー

金箔は、金貨を打ちのばしてつくられたものです。後光の部分が繊細な模様が刻まれています。

金色のバック、色調のコントラストが絶妙な、大変高価な個人用祭壇画です。

 

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絵の存在感に比べると、額縁は忘れがちな存在ですが、、

額縁は、補強効果だけでなく、周囲の空間から切り離して自己完結させるような大切な役目も秘めています。

額縁が見られるようになった中世後期には、絵とセットになっていました。

額縁部分も画家がデザインして、指物師が制作し、その後、下地や金箔、絵を描くという流れがあったようです。

プロの職人がつくり、板絵やカンヴァス画に後づけの現在の額縁は、ルネサンス期につくられました。

絵画を描いた作者が額縁デザインを手がけるのは、19世紀に再び見られるようになったといいます。

フリードリッヒの「山上の十字架」が典型的な例です。

家庭用祭壇とは思えぬほどの豪華で凝視してしまうという風景画です。

実際は、自然と神が共有しているかのような大変ロマン溢れる作品となっています。

画家本人がこだわったのは、伝統的な祭壇画のようなアーチ型の額縁と、キリスト教的な宗教画を漂わせたかったようです。

 

山上の十字架(テッチェン祭壇画)

カスパー・ダウィット・フリードリッヒ 1808年 油絵 カンヴァス

ドレスデン(ドイツ)  州立近現代絵画館

 

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歴史画の役割や流れ、ゲルニカ [世界]

 

キリスト追悼 

ジョット 1304~1305年 フレスコ

パトヴァ(イタリア) スクロヴェーニ礼拝

礼拝堂の壁画として描かれたものです。

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歴史画は、高度な技術を要するジャンルです。

想像力と創造力、聖書や古典の教養、巧みなデッサン力に構成力etc・・・

描く者にとっては難しいジャンルですが、観賞する者にとっては神秘的で幻想的、芸術での最高位ともいえるものです。

古代神話や聖書、聖人などをモチーフにしたものが多数あります。

文学に近いものが優位とされていた時代から、、視覚で芸術を表現できると認められるようになるきっかけがあります。

イタリア・ルネサンスの理論家アルベルティは、歴史画の制作は重要な仕事と捉え、実際に西欧美術の基盤となりました。

古代ローマの詩人であるホラティウスの「持論」の中には、『詩は絵のごとく』という有名なフレーズがあります。

人間の精神の核心に触れる、詩人や画家は同じような位置づけになっていったのです。

歴史画は、特に人の感情を揺さぶるものですから、教会や宮殿に大きな画面で描かれるのが当たり前とされていました。

それでも、17世紀には小ぶりの画面いわゆる、家庭用サイズといわれるような歴史画も描かれるようになったのです。

18世紀後半からは、歴史的事件なども描かれるようになりましたし、その後、20世紀には歴史画も存在しつつ、映画としての観賞も広まるようになりました。

 

20世紀の代表作ともいえるのが、ピカソの『ゲルニカ』 です。

苦しむ人間や牛、馬が重なりあって描かれている独特な世界です。

ピカソの絵は日記や告白的な要素を含むものでした。

「ゲルニカ」を描いている時期に、女性問題ももちあがりましたから、精神状態がよくない時期でもありました。

スペイン内戦中のゲルニカの爆撃事件と、身近な人間関係の葛藤も重なったため、身近な問題と戦争の悲劇を訴える感情がこのようなモチーフになったと考えられます。

ピカソ 「ゲルニカ」 1937年

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イリュージョニズムはだまし絵?でイリュージョン? [世界]

 

イリュージョニズムはだまし絵?

イリュージョンという言葉(フランス語)は耳にした方も多いのでは?よくマジックでいわれる言葉ですよね。

ちなみに英語では、イルージョンです。

絵画の世界では、存在しないものが、まるで存在しているかのように見せかける技法のことです。

簡単にいえば、だまし絵、絵画のマジックとでもいいましょうか。。

写実主義の極めつけがイリュージョニズムなのです。

それを裏づけるのが、古代ローマの、プリニウスの「博物誌」にある逸話です。

古代ギリシャの大物画家2人が技を競ったのです。ゼウクシスという画家は、ブドウを描いたら鳥がだまされて食べようと絵に群がったということです。

一方、パラシオスという画家の絵はカーテンに隠されていたのです。そこで、ゼウクシスは、その絵を見せてほしいとお願いしました。

実は、このカーテンが絵だったのです。勝者はパラシオスでした。

それだけ絵が優れていたということです。

ルネサンス、17世紀バロック美術でも、イリュージョニズムが表現されたものが際立っています。

ここで、当時の絵画のイリュージョンをご紹介します。

 

聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光

アンドレア・ポッツォ 1691~1694年 フレスコ

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イタリア・ローマのサンティニャーツィオ教会(カトリック)にある、この天井画は、天国へ行けるように開かれています。

幻想的な、だまし絵の世界が壮大なスケールで描かれています。

難しい技術が必要とされる技法を駆使したもので、教会と天国が一体化したかのような演出が素敵ですね♪

 

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ルネサンス期の壁画の技法について [世界]

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ作品

モナ・リザ

これをご存知ない方はいないでしょう?

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観るものを魅了するルネサンス期における壁画

フレスコとは?

フレスコは、西洋の代表的な壁画の技法です。

イタリア語で「新鮮な」を意味する言葉ですから、漆喰(しっくい)が乾く前に新鮮なうちに描くものです。

乾いた気候のイタリアにマッチした技法ともいえます。 上塗りの漆喰が生乾きの状態に水を含んだ顔料で描くと、絵が壁と一体化しますから、独特の世界が広がります。

水彩画のような柔らかな光と、透明感あふれるノスタルジックな画面をかいまみることができるのが魅力です。

フレスコ黄金期は、リネサンス期の14~16世紀です。

 

代表的なフレスコ画

ミケランジェロの作品

システィーナ礼拝堂の「天地創造」

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上塗りの漆喰が生乾きの状態が1日ですから、毎日その日に描く分だけ漆喰を塗っていたのです。

乾いてからの仕上がりの色調が変わってきますから、かなり骨の折れる作業ですが、それゆえ完成したときの感動は計り知れないものでしょう。

1日分の仕事量はジョルナータと呼ばれました。1日をイタリア語でジョルノといいますから、そう呼ばれていました。

壁画が完成したものでも、ジョルナータの境目を見れば、どういう順序で何日かけて描いたのか分かるのです。

新鮮なうちに描くためには、当然下書きは必要になります。

顔料はシノビアやカルトーネなどが主でした。

 

セッコとは?

乾いた漆喰の上に描く技法には、セッコがあります。 イタリア語で「乾いた」という意味です。

こちらは、フレスコよりも手軽で、フレスコと併用したり、セッコ技法だけで行われたのですが、長い年月を経た場合に絵の具が壁から剥がれてしまうことがあります。

有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』の画面が傷んでいるのは、時間をかけて描きたかったレオナルドが、ある種テンペラによる独自のセッコ技法を取り入れたからです。

 

テンペラとは?

テンペラとは、イタリア語の「テンペラーレ」からきたもので、「混ぜ合わせる」という意味です。

テンペラ画は、卵の黄身と白身を混ぜたり、卵&油を混ぜる方法などありますが、現在では顔料と生卵を混ぜた技法をテンペラ画といっています。

乾きが早い、色彩鮮やかな特徴があります。

 

代表的な「テンペラ画」

イタリアのサンドロ・ボッティチェリの作品

ヴィーナスの誕生」

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植物の巨大な種や面白い種

 

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植物は種がないと生まれませんよね。。。種の大きさや形は、植物が育つ環境や育ち方で異なります。

インド洋に位置するセーシェル共和国はご存知ですか?

そのセーシェル共和国のプララン島には、ナント大きさが30cmで重さが20kgの世界最大のフタゴヤシの種が存在します。

ダブルココナッツとも呼ばれるその種は、おしりのような形をしています。

日本では石垣島などで、海からの漂着物として発見されることもあるそうです。

 

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ココヤシは、フィリピンインドネシアに生育するヤシの木の仲間です。

種の全体がヒゲのような細かい繊維で覆われて、大きさは20cmぐらいはあります。

種の中には、胚乳からとれる油が、ヤシ油として様々なものに使われていますよね。

また、羽根つきの羽?とソックリのアリノキの種は、10cm程度で中米やブラジルなどに生育しています。

羽根つきの羽根のような花を咲かせます。

木の幹にアリが好んで巣をつくることから、この名がつきました。

 

滑空して飛ぶヒョウタンカズラの種

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15cmほどのヒョウタンカズラの種で、別名ハネフクベといわれる種は、マレーシアやインドネシアなどの熱帯で育つ樹木です。真ん中の茶色部分が種です。

薄いブーメランのような羽がついているので、風をうけて遠くのほうまで飛ぶので面白いですよね。

 

 カエデの葉と花と種

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カエデの種は、種の先に羽が1つついていて2つ1組になっています。

風をうけてまるで、プロペラのように回転しながら地面に落ちますが、ご存知の方も多いのでは?

まだまだ面白い植物の種がありますよね!

 

 

 


人間・動物の足裏を比較

 人間の足の裏

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人間の赤ちゃんの足の裏ですが、足裏の中央には地面につかない「土踏まず」がありますよね。

これは、2本足で歩行するときに体を支えて安定させたり、飛び上がったり、飛び降りたりするときに衝撃を和らげる役割があります。

動物の中で、土踏まずがあるのは人間だけです。

ゴリラの足の裏

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ゴリラの足の裏は人間に近いものですが、親指がほかの指とかなり離れているのが分かります。

これで、親指と人差し指のあいだでモノを上手につかむことができますよね。

両手がふさがっていても、足でモノを持ったまま歩くことができます。

 

ホッキョクグマの足の裏が見えます

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ホッキョクグマは、体と同じように、足の裏にも毛がびっしりと生えています。

氷の上を歩いても、冷たくない&すべらないような構造になっています。

 

ゾウの足の裏

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アジアゾウの足の裏は柔らかいです。地面に足裏をつけたときに体の重みで広がるクッションの役目を果たしています。

ですから、体は大きくても、思ったより静かに歩くことが可能です。足の裏の模様は、歩くことですり減るので変化します。

 

ライオンの足の裏

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ライオンやヒョウ、チーターなどのネコ科の動物には、ネコ同様に足の裏に肉球がついています。

高いところから飛び降りるときのクッションの役目や足音をたてないようにする役目も果たします。

 

パンダの足の裏

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パンダの足の裏には、「第6の指」といわれる骨の出っ張りがあります。人間でいう親指のような役割をしているところです。

この出っ張りがあるおかげで、前足で器用に笹をつかんで食べることができます。

 

カンガルーの足の裏

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カンガルーの後ろ足の指の本数は4本です。大きな薬指のつめで地面をけってジャンプします。

着地のときに痛くないように、足の裏はすべりどめつきのクッションになっています。

 

このほか、キリンの足の裏は20cmもあり、2本の固いひづめがあり、足も意外に速く時速50kキロメートルです。

ひづめは敵に襲われた際の武器にもなります。

また、ロバは固いひづめが1本だけあります。(馬も同様)

ひづめは、中指のつめが大きく固く発達したもので、動物の中で一番指の少ないのが馬の仲間たちです。

 

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