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歴史画の役割や流れ、ゲルニカ [世界]

 

キリスト追悼 

ジョット 1304~1305年 フレスコ

パトヴァ(イタリア) スクロヴェーニ礼拝堂

礼拝堂の壁画として描かれたものです。

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歴史画は、高度な技術を要するジャンルです。

想像力と創造力、聖書や古典の教養、巧みなデッサン力に構成力etc・・・

描く者にとっては難しいジャンルですが、観賞する者にとっては神秘的で幻想的、芸術での最高位ともいえるものです。

古代神話や聖書、聖人などをモチーフにしたものが多数あります。

文学に近いものが優位とされていた時代から、、視覚で芸術を表現できると認められるようになるきっかけがあります。

イタリア・ルネサンスの理論家アルベルティは、歴史画の制作は重要な仕事と捉え、実際に西欧美術の基盤となりました。

古代ローマの詩人であるホラティウスの「持論」の中には、『詩は絵のごとく』という有名なフレーズがあります。

人間の精神の核心に触れる、詩人や画家は同じような位置づけになっていったのです。

歴史画は、特に人の感情を揺さぶるものですから、教会や宮殿に大きな画面で描かれるのが当たり前とされていました。

それでも、17世紀には小ぶりの画面いわゆる、家庭用サイズといわれるような歴史画も描かれるようになったのです。

18世紀後半からは、歴史的事件なども描かれるようになりましたし、その後、20世紀には歴史画も存在しつつ、映画としての観賞も広まるようになりました。

 

20世紀の代表作ともいえるのが、ピカソの『ゲルニカ』 です。

苦しむ人間や牛、馬が重なりあって描かれている独特な世界です。

ピカソの絵は日記や告白的な要素を含むものでした。

「ゲルニカ」を描いている時期に、女性問題ももちあがりましたから、精神状態がよくない時期でもありました。

スペイン内戦中のゲルニカの爆撃事件と、身近な人間関係の葛藤も重なったため、身近な問題と戦争の悲劇を訴える感情がこのようなモチーフになったと考えられます。

ピカソ 「ゲルニカ」 1937年

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